一番おいしい時期の牡蠣を急速冷凍

日本三景の一つとして名高い宮城県松島。湾内の静かな入り江に面した作業場で、牡蠣の洗浄や消毒が行われていました。菊地水産合同会社は牡蠣養殖やカゴ漁、刺し網漁といった漁業から、水産物販売までを一貫して手掛けます。代表の菊地桂太さんは、運営する「松島牡蠣屋」はインターネット通販を中心に、抜群の鮮度にこだわった牡蠣やワタリガニ、マダコ、シャコなどを販売しています。

身入りのピークは5月上旬
6月から7月が牡蠣の味が一番濃厚な時期。

牡蠣と言えば冬の味覚のイメージですが、実は年間を通して収穫が可能。菊地水産はもっともおいしい6月から7月の牡蠣を、水揚げ後すぐに急速冷凍し保管、秋から春先にかけて販売します。「解凍しても身が縮まず、驚くほどおいしい」といったコメントが多く寄せられるそう。一方であっさりした味わいを好む人には、秋から春にかけての生牡蠣をすすめています。

きっかけは父の“不親切”なひと言

かつて松島町一帯は養殖海苔の一大産地でした。40年ほど前に病気の発生が続き、多くの漁業者が海苔から牡蠣へ転換。菊地さんの父もその一人で、地区の牡蠣産地としての発展に貢献してきました。菊地さんは会社員として働きながら25歳ごろからインターネットで「松島牡蠣屋」を立ち上げ、牡蠣の販売をスタート。やがて自身も漁に出るようになり、30歳で父の会社に入りました。

牡蠣むくの面倒だから殻ごと送れねぇか。

ある時、父に言われたひと言をきっかけに、桂太さんは殻付き販売を始めました。何気ない一言でしたが、「考えてみればこれが一番旨いのさ。鮮度は最高で余計な手をかけない、漁師だからできる販売方法。」とのこと。

ところが、殻付き牡蠣を購入する人から「どう食べればいいか分からない」と言われることが少なくなかったそう。そこで菊地さんは、体験の機会を増やそうと、新鮮な牡蠣をその場でむいて食べられる「牡蠣小屋」を開設。希望者には漁師が使うプロ用ナイフでの牡蠣むき体験も提供し、家族連れやグループ客に好評を得ました。通販の購入者が「おいしかったから実際に産地で食べたい」と松島を訪れたり、たまたま牡蠣小屋に立ち寄った人が「あの味を家でも食べたい」と注文したりと、相乗効果も生まれました。

手をかけすぎないこと

変わらないこだわりは「おいしいものをおいしく食べてもらう」こと。そのための努力の一つは「手をかけすぎない」。マダコもシャコも活きたまま届け、時に“宮城の海水ごと”密封して送ることも。届けたいのは、おいしさだけでなく「海と食卓のつながり」です。菊地さん自身が幼いころから当たり前に活きた魚介をさばいたり、牡蠣をむいたりする中で無意識に心身に刻んできたことを、産地から遠い人にも感じてほしいという強い思いがあります。もう一つは「スピード感」。「食欲を待たせない」を信条に、注文した人の「食べたい思い」が冷めないうちに届けられるよう工夫を重ねています。

俺は少しだけ親切にしようかなと思って

新たな取り組みとして、殻付き牡蠣に牡蠣むきナイフと説明書を同梱する「おうちで牡蠣むきチャレンジ!生食用殻付き生牡蠣」を商品化。「親父より少しだけ親切にしてみよう」とおどけながらも、初めての人や子どもたちにも自分の手で牡蠣をむき、海の香りとともに味わってほしいという願いが込められています。海と食卓のつながりをまるごと届けたい──そんな菊地さんらしい挑戦です。

松島の海とともに、変わらずあり続けるために

高齢化や震災の影響で、松島の同業者は年々減っているそうです。近年は海水温の上昇も加わり、漁の環境は決して楽ではありません。それでも菊地水産は、この地にとどまり、海とともに生きる道を選んでいます。

目の前に広がる漁場の恵みを生かしながら、変化するニーズに応える工夫を続けるのは、産地と、そこに関わる人々を守るためです。「手をかけすぎない」「スピードを大切にする」という姿勢の奥には、父から受け継いだ海への感謝と、あえて“親切すぎない”やり方を貫くことでしか伝えられない、菊地水産の信念です。